2023-01-01から1年間の記事一覧

汝自身を知れ:「王」を知ること

歴史家、エルンスト・H・カントーロヴィチによると、「王」というものは自然的身体 body natural と、政治的身体 body natural の二面性から成り立つ。「神的」なものとされているのはもっぱら後者であり、前者はごく普通の人間の身体と同じものとされている…

いないいないばあ:「わたし」はどこのひと?

アイデンティティの複数性を積極的に肯定する世相は、その渦中を生きる人間の生に対しての無知を晒す。しかし、それを責めるものはいない。「持たざるもの」は、「持てるもの」の生の諸相について知る由もないのだ。わたしは、両者の立場から物事が見えるこ…

今日の社会における日本人の市民意識について

突然だが、結論から述べることにしたい。日本人が民主主義を行為として実践するにしても、他者に対して「隣人的に」接することを知らなすぎた。また「隣人」としての他者を意識してこなかった歴史が長すぎた。アガペーに無頓着すぎたところが、日本人の市民…

眼が象る社会問題

かなり広く語られるようになった「差別」にいかに抗うかという議論、西洋的価値観がこの社会に導入されてきた背景を踏まえるならば、西洋文明の世界観の根源にある視覚中心主義の存在も一際意識する必要もあると思う。反差別の認識が(皮肉にも)「目に見え…

修士一年がもう終わる

6月になってしまった。ひとまず、ばてない程度に文献もっと読んでいけたらなと思います。全体的に、文献読み続ける目的としては以下の背景に則っています。 【目的】人格性 Personhood が措定する健常者像は、近代以降の産物であり、また現代を生きる我々も…

生政治ノート(随時更新)

① 自分の問題意識に関して(エスポジト『三人称の哲学』に基づく) 'In order to be able to assert what we call subjective rights - to life, to well being, to dignity - we must first enter into the enclosed space of the person. Conversely, in a…

論文の構想(年末迄)

現在、「精神病患者=逸脱者=異常者」という等式を成立させている、シェーマをテーマにして、論文執筆の上での文献調査をしています。 先日も軽く言及しましたが、その際に、個人の主体=責任能力がある行為者という前提のもとに機能する〈法〉、およびそれ…

研究生活日記

「イメージしやすいもの」がウケるのが、ごく普通な世の中だが、学問もまたその例外ではない。なぜなら、それに合わせた方が、周りの協賛を得やすいからだ。同時に、どれだけ専門を極めても、またどれだけオリジナリティを高めても、世間から理解されなけれ…

修論のテーマ

もう修士一年も半分切ったところで、修士論文の構想を固めなければならない頃合いとなりました。 大まかに言えば、テーマは二つに分節したものになります。 ①犯罪者表象を構成する要素としての「狂気」、及び精神病患者との重なり合い②「狂気」を統御するた…

政治を認識する

近年の世相において、客観的学問の対象としての「政治」を想起することは難しくなっている。根源的には、政治とは行為の力学ではなく、認識の生態学によって説明が始まる事物である。 故に、私の関心を惹き寄せるのは、政治的な事象を通じて、日常世界に対す…

「勉強」:「キモさ」を会得する技術

勉強すると「キモい」人間になれる、というのは確か千葉雅也の言葉だったはず。というのも、実際院生として色々学び続ける中で、僕という人が「キモく」変容していることを体感するからだ。 おそらく、俗にいう「ガリ勉」と違う意味があるのだろう。以下は、…

存在の弱さは、思考の強さ

もとい僕は「おとなしくしていればいい」だけの人間であった。「ガイジン」にしては、この国で持つものを持ちすぎている。少なくとも、「知識人」という立場にいてはいけない、周縁的な生が僕にとっての本来性だったはずである。 僕はマイノリティとして社会…

「科学的なもの」の概念との付き合い方

初っ端から、科学哲学⇄政治哲学を梯子するような履修・研究計画を立てたものだから、すこぶる忙しい。おそらく、学部生の時よりかは、勉強していると言っても過言ではないかも。裏を返せば、学部生のときにどれだけ勉強してこなかったのかと言うことの裏返し…

執筆後の余韻&今後の研究構想について

ツイッターでも、すでに報知した通りではありますが、拙著の研究ノートが東京大学『科学史・科学哲学』第26号に掲載されました。 hps.c.u-tokyo.ac.jp 内容としては、フーコーの生権力的な了解に基づく、政治的な身体論について研究ノートを上梓した形となっ…

研究メモ:社会の身体

写真は、博士課程に進んだ際に取り組もうと考えている、研究テーマ乃至その構想の一部である。以下の文章は、その背景となるものとして載せておく。 * 目的:ハーバーマスとルーマンの論争を踏まえて、公共空間の科学的な変容を考える。 背景: 数十年前ま…

死人に顔なし

2022年の自殺者数 女性は3年連続で増加 小中高生は最多に(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース 去年、1年間に自殺した人の数は全国であわせて2万1881人となり、女性は3年連続で増加となったことが分かりました。また、自殺した小中学生や高校生…

ポストコロニアリズムという憑き物

ふと思うこと。というよりは、物心がついた頃から、ずっとわだかまりだったものである。 それはなにかだけ言うならば、日韓の歴史問題である。また意識高いこと言ってる、といえばそうだろう。僕だって、この話題における自分の立ち位置なんか意識しないでい…

二都物語

無批判な主体は既に、僕の中の無意識に埋没していた。けど、それは哲学の営みで消滅し、代わりに新しい「批判的な主体」が生成される。だけど、その主体も、現前していた頃から段々と無意識に埋没していくという意味では、それもまた消滅する。それをまた現…

もう飛び降りてこの世にはいなかったはずのいじめられっ子が、なぜ今研究の道を歩みながら生きているのか

0. はじめに 今更ながら、自己紹介をしようと思ったのには、僕の人柄の部分があまり伝わることがなかったことがあります。それで思い切って、自分のパーソナルな側面を今回は取り上げて書こうという運びとなりました。 端的に言えば、小さい頃からのいじめら…

我思う、ゆえに世界あり

はたからみれば、自己肯定感とされるものが強い人は素敵だし人柄がいいと思う。おそらく周りの人々からもいいエネルギーを受けているのでしょう。僕も、そのような自信を持って動き、なおかつ周囲に配慮できる人は敬愛する。 ただ、僕はそのような自己肯定感…

研究という「音」

「キムさん何をやられてるかわからないのですが…」と申し訳なさそうに述べてくれる方も時たまいるが、むしろその認識で間違ってない。だけど当惑してしまうのも、一理ある。 というのも、他者を括り付けて対話できることもあれば、それが全くできないことも…

研究構想

研究の方向性。科学技術が個人の身体を統治するための国家の道具になっているという観点から、社会的構築としての「患者の身体」についてあれやこれや書いたり読んでます。 説明が難しいけど、基本的にフーコーの権力論と、カントロヴィッチはじめとした政治…

社会学・人類学に未だに潜むオリエンタリズム

今日は、「君主制の議論でジェンダー理論を導入する必要がある」と明記した文献を読んだ。率直な反応として思ったのは、そのような「主語の大きい」提案よりも、「なぜ今まで queenship の話が系統化されなかったのか」という無知論的な問い建てのほうがまだ…

研究を始めてから気づいたこと

研究は難しい。そんなことを、今更のように痛感している。ここで言う「研究」とは、問いの設定とその対象の考察、そしてその解になる考えのあり方を模索する行為、及び姿勢としよう。 早速、本題に入ると、「なぜ?」の焦点の定め方と、そのレンズ調整の仕方…

神話と象徴が作る世界を生きる私たち

一つの思弁的な構築だったものが、科学技術の進歩とともに急速に拡散される。そして、その思考様式は集合的に模倣されることで、大きな共同体を構築する。 ナショナリズム研究において、そのようなとある媒体を通した共同体の構築とその沿革を探求することは…

古典はひらめきのもと

「主権者、君主、そして人民の継続的な釣り合いは、決して恣意的な考えによるものではない。むしろ、政治的身体(政体)の性質を考えれば、必然的な帰結なのである。」(私訳)ハイライトした部分の最初の一文、まさに自分が取り組んでいる問題意識を端的に…

君主の身体、国民の身体

「君主の身体を<一>としたとき、民主主義を”君主”の身体の<多>な姿≒「国民の身体」として考えられるならば、君主制は単なる<象徴的>なものと言えるのか。」 もし、この問いが示唆するものを、「仮想現実的な君主制」(cf. Santner, 2011)としての民主主…

ホームレス・マインド

「地元がない」。この言葉を僕が言うとき、大概3つほど意味が込められている。 一つには、本来「地元」になるはずだった場所から離れた場所で人生の大半を過ごしたこと。いわば、「ホーム」の概念を(リクール的な意味で)自分自身を疎隔しながら理解するし…

気に食わない相手を「先生にチクる」のはなぜか

異なる主張同士の解決を言論で解決するのは自明的だと思うが、最近は、相手の所属先に抗議するような形で間接的な「暴力」を行使するようになった。つまり、表現の自由戦士を揶揄する以前に、自身が「権力」に癒着する形で言論への反自由を経由した特権を享…

人それぞれの生きづらさ、僕の色

https://www.instagram.com/p/Cn65qDSJ2OJ/?igshid=YmMyMTA2M2Y= 影山さんと同列に並ぶとか不遜なことは言えないが、投稿にある最初の「複数の視点を持ちすぎて混沌としてしまう部分や頭が回転しすぎる部分」はものすごい共感できる(記憶だと、僕自身は130…