「国籍なんて関係ない」:多様性のディストピア

「国籍なんて関係ない」。そんな美辞麗句に安易に乗っかっても、それで救われる世界ではない。大層偉そうなことを言う無礼を、予めご容赦願いたい。

日本人なら日本人として、移民なら移民として、ミックスルーツならミックスルーツとして。どのような立場でも、クリーンな建前で飾る自分の姿と、泥沼な本音で汚れた自分の姿の矛盾と真正面にぶつかれないならば、それ以上に臆病なことはない。

意図されているにせよ、そうでないにせよ、人は誰しもその出自と国籍・民族で相手を判断する。敢えて、僕が韓国系の移民として自分自身を強調するのは、どの道であれ僕もまたその存在価値を他人によって機械的に査定される対象だからだ。

仮に、僕が日本に帰化しても、いずれ必ず「こいつは朝鮮人だ」と日本人に暴かれる。通名を使ったとみなされれば、(かつての言葉を使うと)あたかも「不逞鮮人」として殊更はねのけられる存在となる。日本人というマジョリティーに同化したところで、僕はよそ者なのだ。幼少期から育ったとしても、僕はただの来賓客でいるべきだったのだ。

「国籍なんて関係ない」。僕も例外なく信じていた。しかし、この言葉で救われる人より、そのせいで路頭に迷う羊ばかりが増えてしまったように思える。そんなディストピアからは、さっさと引っ越すしかない。

「日本に移民は存在しない」:触れられないことについて敢えて語ること

近頃、外国からの移民の増加を懸念するような声が、日本で日に日に大きくなっている。これはオンラインのネット言説に留まる話ではない。実生活でも、とっさの会話で「物騒な外国人」に言及する日本人は多い。改めて自己紹介を兼ねると、この文章の筆者は、韓国系の移民の出自で、生まれて三か月の時に日本に来てから今日にいたるまで、長らくこの社会で生活してきた。

結論から言うと、そのような移民問題は擬似的なものでしかないと考える。なぜならば、日本社会の秩序を乱す社会的逸脱を犯すことと、内外の出自の話は互いに異なる側面の話であり、必ずしも因果関係を相補的に構成するものではないからである。それでもなお、年々増加する異邦からの他者の受容を考える上で、そこに何かしらの潜在的なリスクを多く孕むことを考慮する問題意識がなくしては、現地人(日本人)は移民の存在を認識することができない。

ナショナリズムの理論的な観点からみれば、日本の同質的な民族構成、および純血思想は、ここ一世紀の時間の中で作り上げられた虚構である。その根拠が、日本の創世神話に求められるとしても、純血な日本人像は集合的な想像の産物といっても過言ではない。

すると、日本の将来の担い手として、なにも両親とも日本人にもつ子供たちに限る必要性は絶対的ではない。この国に何かしらの縁で移り住み、物心つく前から育ってきた子供たちもそうだ。それでもなお、今の私たちは前者の意における日本人の政治・社会への参与の在り方しか考えず、またそれしか考えられないような議論の枠組みに、あらゆる世論を還元させようとする。

現地人としての日本人像は、日本語による単一言語的な環境で育ってきた人たちの間では、ごく自然なものとして共有されることが多い。そこに異国から来た存在を考える余地はない。そんな余裕があるならば、「県民性」による同じ血の下の多様性を調停すべきなのだから。

僕みたいに成長しても歪んでひねくれた2世、3世の子を多く産み出すような日本の将来であってほしくない。これからも、そのような信念を持ち続けるだろう。

la folie à deux:「おかしさ」の境界線について

la folieは、狂気/愚かさともされるが、むしろ僕としてはその間にある襞(「/」)への関心が高まっている。

真面目に考えるならば、近代以降の狂気概念の後景に滑稽さや愚かさといったものを求められる。la folie というフランス語は、そのような両義性を含んだ言葉である。ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』は、知的な怠慢である「愚かさ」と、精神の乱れとしての「狂気」の間のスレスレを行き来する本だと個人的に思う。

それはさておき。今日の人間関係や日常会話でla folie = 愚かであることは戦略的に頻繁に使われる一方、la folie =狂っていることは、他者をはねのけて忌避するための正統性として用いられることが多い。今日の現代人は、知らずのうちにla folie が「狂ったもの」なのか、あるいは「愚かなもの」なのか、というニュアンスの違いを気にしていると考えられる。

例えば、「私は馬鹿なので、、、」と相手に遜る際には、「愚かであること」としてのla folieを援用する。「私は気狂いなので、、、」という謙り方は、基本的にあり得ないとされる社会を生きている。おそらく、「無知で浅学であること」をもって、相手との会話における知的負担を軽くしたいという思惑があるのかもしれない(いずれにしても、する必要はないが)。

中世西洋社会では、娯楽の対象として、つまり見世物になるものとしてla folie が考えられていたが、それが理性の主権性を謳う近代科学・啓蒙思想の台頭を契機に忌避されるもの、隠蔽されるべきものへと変わった。

la folieに対する社会的・文化的意識の変容は、それを聖性に準じて捉えていた時代がどんどん世俗化していた今日までの西洋社会の歴史的な変容と共鳴しているようにも思う。ヒューマニストの時代背景からしても、キリスト教神学への理解も欠かせないところか。

一方では道化的な娯楽の対象の「愚かさ」と(主に)自分自身を同一化させる。他方では特定の個人を健常な社会から締め出すための根拠としての「狂気」を適材適所に用いる。そのような両義的な区分は、少なくとも西洋では中世時代の社会意識の残骸と、近現代以降の理性を優位性に置いた意識が溶け合わさった歴史的蓄積の産物である。

そのような歴史を継承している以上、現代における「おかしさ」la folie の感性の特徴は、笑われてもいいや、という場合は「愚かなもの」、こいつはやばいと判断する際には「狂ったもの」として私たちが言語行為を遂行するための戦術である点に求められないだろうか。

参考文献

Foucault, M. (1976). Histoire de la folie à l'âge classique. Gallimard.

Grassi, E., & Lorch, M. D. P. (1986). Folly and insanity in Renaissance literature.

Willeford, W. (1969). The fool and his sceptre: A study in clowns and jesters and their audience.

Folly, Insanity and Error

調べ物がてらの読書という名目で、研究ごっこはしていきたい。すると、僕の性分からしてその関心の方向性は四方八方に散らかる。一旦、愚かさ、狂気、誤謬(Folly, Insanity and Error)に関心を集中させておきたい(一応その方が順当な路線となる)。

フーコーの『狂気の歴史』から『言葉と物』までを範囲におさめた議論を深めるのが元の動機だ。しかし、それでは陳腐な書評を書くために書物を読むハメになるだろう。モンテーニュラブレーなどに代表されるようなルネサンス期の人文主義に鉱脈を求めたいと思うようになった。

最近気づいたことだが、益々渡辺一夫大江健三郎に感銘を受けていた友人の関心と似通ってきている。元々数学と言語学に親しんでいた彼だが、哲学、文学にも関心と理解を深めるような知的な寛大さを持っている。無自覚にも、去年の秋に彼と交えた言葉のやり取りの内容に、僕が回帰していた。

∅(「自分」)

自分自身が学びつつも、思考を整理しているなかで「後を追わせてください」、「研究への姿勢尊敬します」、といった言葉に知らないうちに押しつぶされそうになっていた。まだなれていない自分の姿に、僕という人間が当てはめられていることへの罪悪感ばかりが募っていく一方だった。

言葉における〈仮面〉と〈顔〉の区別ができていなかった自分の咎ではある。とはいえ、そのような「すごい人」という形で表出された自分から、僕自身の存在は否応なしに疎外されていく。僕は焦る。苛立つ。そのような心の循環に、自分が回されていく。

洞穴の心に留まるものは日々なくなっていった。その代わり、そこにはひたすら肥えていくばかりの「すごい人」という虚像、〈僕〉という怪物が常に棲んでいた。誰も求めていなかた存在だったはずだ。なのに、僕の中でどんどん成長していく。僕も普通の人でしかないはずだったのに。

孤独を叫ぶ:Daveのリリックに寄せて

”You can trust me, all the shit that you been feelin', you're feelin' with me / We all took the wrong turns in different streets / We all cry the same tears on different cheeks”

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イギリスという土地で、ナイジェリアからの移民として様々な社会の不正義を見てきた若い詩人・リリシスト、Daveの言葉。ここで引用した歌詞は、父親が母国に強制送還されたことが背景にある出だしの曲("We're All Alone")から引っ張ってきた。

過去に何度か書いたことではあるが、改めて僕自身ともその背景から共感できるものが多い。振り返れば、僕は移民の家庭でも、経済的には比較的恵まれている方である。しかし、その家庭環境としてはとても望ましいものではなかった。アルコールに入り浸る父親、重度の自閉症を患った2個下の弟、父親との不和と喧嘩、子供の世話で精神を病んでしまった母親。

家族構成が「健常者(的)」でかつ「障がい者(的)」である以上、このような〈あいだ〉に自分が置かれるのが常だった。僕自身も、幼稚園に入ってからは周囲の子どもたちから「違う奴」扱いをされていく中で、この社会における包摂と排除のディレンマに挟まれていた。そのような間(はざま)は、僕自身の生活世界を基底するものであった。家族では「正常」と「病理」。外にでれば、「ウチ」と「ヨソ」。どちらにおいても、僕は一つの立場を取れるような状況ではなかった。

改めて、Daveの綴るリリックは、そのようなどこにも属せないような僕の心に寄り添い、熱い心でその痛みを汲み取ってくれるかのようである。権力が抑圧する市民の生。全体の公益性を謳いながらも、個々がエゴイスティックな欲望を追い求めるための口実にしか捉えない社会のあり方。今まであたかも「ゴミクズ」のように思えた自分の人生にも、光は差す。改めてそのような希望を与えてくれるような魂を持ったこのアーティストに、僕からも寄り添っていきたい。

想念が狂気を創る

「理想の社会」のあり方を語る上で、「ふつう」であることの「正しさ」を無批判に強固なものにするばかりではないか。

端的に言えば、「狂気」を語らずに「理性(的なもの一般)」について何を語れるんだ?と思うところだ。前者を見てみぬふりをする体裁で、哲学的見地から政治や社会、文化や芸術を見るにしても、啓蒙思想の二番煎じにしかならない。

現代の虚構性は、進歩主義的な歴史観を盲目的に信奉して、「私たち」の価値観は、近代以前の先人たちと全く違うと隔絶するところにあると常々思う。必ずしもラトゥールを意識しているわけではないが、«Nous n'avons jamais été modernes»を今一度命題として再考する必要があるだろう。

つまり、【「近代」/「現代」】というより、むしろ【「近代」・「現代」】という一つのまとまった括りの中を、果たして「私たち」は生きている、あるいは生きてきたと断言できるのかについては、懐疑的に考えたくなるところです。だからこそ、想念、擬制としての「今・ここ」ないが。

この【「近代」・「現代」】の中を生きるとされている私たちの複雑な動向は、健康とその規範的な姿をめぐる認識の中に著しく表れていると考える。今日、「メンタルヘルス」への啓発をこれだけ進めながら、未だに偏見が根強い現代だからこそ、「ヒステリア」とは結局何だったのか、と再度問い直す必要があるのではないか。

クレペリン以降の精神病理の分類学、戦後の反精神医学の流れを吟味し、評価することも大事だが、その臨床知の誕生期はどのような世相だったのか、そしてその時期の病理的なものに対する社会的意識の形象はより深く探究されてもよいはずだ。

まず、前提として主体の想像が入らない「眼差し」は、成立し得ない。それは「狂気」、「異常者」に対してもそうである。あらゆるバイアス、ステレオタイプを考えるとなると、私たちは意図せずとも「眼で見る」世界に埋没していく。

しかし、そういった傾向は避けられないにしても、視覚に重きを置いた西洋的価値観、とりわけ客観性の話になると、自己欺瞞も念頭に置いて考える必要はあるだろう。これに関して、精神医学において、用いられてきた患者写真が物語ることは多い。

今となっては、眼差しの写実性に対する懐疑主義的な姿勢は、ごく普通とはなった。とはいえ、専門知の形成において〈中心〉を占めているのは西洋のままなので、それに由来するような視覚中心主義もまた根強いように思える。ヒステリアの表象も例外ではないだろう。

長くなったが、以上が最近の探究と関心のテーマだ。「精神疾患の哲学」と言っていた頃は、自分でもそのあり方がいまいちわかってなくて、ヤケクソになっていたときがあった。それでも、しぶとくコツコツと文献を読み進めたら、より具体化されて、モチベーションも取り返せるようになった。ありきたりだが、研究で根性も大事だと痛感した。