右翼ポピュリズムによる挑戦とヨーロッパにおける難民危機(2017年)

以下のエッセーは、僕が学部2年生の時に、Carnegie Council for Ethics in International Affairs が2017年に開催したエッセイ大会(International Student/Teacher Essay Contest)に応募した際に応募したものの原稿の日本語訳です。2017年時点の欧米社会におけるポピュリズムの動向を踏まえた上で、欧州連合が移民問題に取り組む上で考慮すべき背景を論述したものです。今読み返すと、とんでもな結論になっているなと思いますが、最後までご笑覧いただければと思います。

 

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(本文)

 

 今日の国際秩序は、まさにその姿が崩れゆく寸前にある。その骨子となるもののほとんどを構築したヨーロッパは、ナショナリズム的な感情の湧き上がりに苛まれ、ポピュリストたちはそれを公衆の心情と重なり合うような政治的な訴求をする好機と見ている。したがって、ポピュリズムは慣例的な秩序のあり方に脅威を示すものであり、それは欧州連合がシリアの難民危機を善処できていない中でさらに勢いを増している。(そのような状況下で)トルコは、ヨーロッパとアジアの架け橋として、また難民がヨーロッパに避難するための最初の地点としての地理的条件を持つことから、重要な役割を担うだろう。本稿では、ポピュリズムがヨーロッパの右翼政党とどのように結びついているのかを精査する。また、なぜ彼らの成功が現行の難民危機にとって良い兆しとならないのか、またいかにしてシリア内戦の成功が、逸脱したヨーロッパの政治情勢を正常な軌道に戻すことに寄与するのかについても論じていく。

 

 ポピュリズムは、それ自体を人民の観点に多くを置くものである。Mudde (2004)は、より具体的にポピュリズムをエリート階級に対して公衆の敵意を仕向けることで彼らを人民の一般意志により呼応させるためのイデオロギーとして定義する(p. 543)。また、ポピュリズムは多元主義と敵対するものであるが、それはある社会に元から存在する集団と個人にとって外来的な差異を強調するものであり、その文化的同質性と社会的な統合をしばしば溶解するものだからである (Ibid., 544)。言い換えれば、ポピュリストは公衆の不満が怠慢なエリート支配層から、また外部からの異質性の過度な流入から起因するような状況をうまく利用するのである。さらに、Stanley (2008) はポピュリズムを、いくつかの限られた数の核心的な概念を有するだけで、社会が生成する政治的な問いに対して包括的な答えを提示しない「薄いイデオロギー」(thin ideology) としてその定義に推敲を加えている。ゆえに、それは「ある特定の社会が要求する、公共政策の一般的な方針に付随したあらゆる主要な政治的概念に特定な解釈と配置」を内包した「十全なイデオロギー」(full ideology) と組み合わされなければならない (Ibid., p.99)。実際に、極右政党が難民危機によって国内の治安が悪化しているというような外国人嫌悪の言説を使うことでナショナリズム的なイデオロギーへ希求していることから、ヨーロッパの現在の政治環境はポピュリストの運動によって席巻されており、彼らは実際に国会で議席を獲得することに成功したと結論づけることができるだろう。

 

 極めて成功した極右政党の台頭は、ヨーロッパのポピュリズムの運動にさらに拍車をかけることになり、そのリベラリズム的原則の価値を急速に落とすことになる。ポピュリストと分類される政治家は、しばしば反イスラム感情と攻撃的な愛国心を煽る。デンマークでは、右翼のデンマーク人民党が2015年の選挙で、2番目に大きい選挙区を獲得した (Crouch, 2015)。この結果は極めて衝撃的なものとして受け止められたが、というのもデンマークは異なる価値観や考え方がその社会に固有の制度と慣習と共在しうるような社会を具現化するような国の一つとして考えられてきたからである。一概に言って、今日のスカンディナビア諸国では外国人嫌悪と福祉ショービニズム [福祉排外主義] の波が席巻している。事実を言うならば、リベラリズムの訴求力の衰退は、スウェーデンにおいては顕著なものだ。極右政党のスウェーデン民主党 [Sweden Democrats] は、移民への排斥感情を煽り、彼らを犯罪者として非難し、そしてスウェーデンの福祉を「現地民」だけに利用可能にしてさらなる数の難民申請者を拒絶するべきだと主張することで、失業者から広範的に得票した (Groll, 2014; Wiggen, 2017)。過度に寛大な移民政策は、より増大になった民衆の不満とむしろ直面することになり、ポピュリストたちにリベラル派のスウェーデン政府の正当性を問いただすことを許容することになった。スウェーデンがヨーロッパ内で最も移民を受容する国の一つであることに鑑みると、このような状況は欧州連合の危機管理の全体的な効力を薄めるものになる。

 

 欧州連合は、公正な手続きに則って難民問題に対処しているものの、それはただ加盟国の中で排他性をより促進するものとなった。2011年にシリア内戦が勃発してから、欧州連合はその加盟国の中のいくつかが難民の受け入れ先となることをためらうことを目の当たりにしてきた。その中の国に、先述したスウェーデンとハンガリーが含まれる。とくに右翼政党が政権に加わってからは、スウェーデンは不法移民への取り締まりと警察による調査を強化した。ハンガリー政府は、国営メディアを通した反移民プロパガンダの拡散をはじめ、欧州司法裁判所の判決さえも拒絶した (Ahlander & Yosufzai, 2017; Gall, 2016)。これらのことは、欧州連合加盟国間の大きな亀裂を明かにするものであり、欧州連合の組織的な脆弱性を露呈するものである。難民がその順路として辿るいくつかの国々の間では、受け入れの意思のなさが蔓延っている。2015年の終わりまでには、80万人以上の難民が東地中海のルートを経由して、ドイツや北欧諸国といった目的地へと向かうが、ハンガリーとオーストリアの国境封鎖によって、ギリシアの難民キャンプで行き止まりになっている (“Why Is”, 2016)。さらに、右翼の連立政権が成立するという見込みが確立したオーストリアは、移民政策を妥協することはないとみられ、またハンガリーとポーランドと共に反移民連合を結成すると恐れられている (“Sebastian Kurz", 2017)。一つのルートに多くの難民が集中していることを考えると、ギリシアと近隣諸国の負担はこれ以上耐えられない水準にまで達しているだろう。といのも、ギリシアはヨーロッパ全域を混沌に陥れた財政危機に見舞われているからだ。

 

 この問題の全体的な性質を鑑みると、欧州連合が内戦終了後のシリアを直接管轄下に置くことは最も望ましいように思われる。確かに、このことは桃源郷での出来事のように思われるだろうが、現状においては可能なシナリオだといえる。ISIS(イスラム国)の戦闘員がロシアからの協力もあり、2016年の12月にはシリアの首都・アレッポから一掃され、また2017年の10月には、同年4月に始まったアメリカの軍事介入後のシリアの暫時的な首都・ラッカからも彼らは一掃された (“Syria Profile”, 2017)。もし勝利が差し迫っているのであれば、シリアの戦後復興の取り決めは、アメリカとロシアの二者間の協定に基づくものと見るのが自然である。そこで彼らは、欧州連合がシリアに委任領とその管理のための財政支援を提供することを約束するべきである。難民を受容するための負担を増やす代わりに、難民の動きを直接統御し、同時に公共投資を増加して雇用機会をシリア国内に創出することによって、欧州連合がシリア経済とインフラの復興を直接受け持つよう責任を持つことは理に適っているだろう。これはまた、ギリシアとその他ヨーロッパの中継地で足止めされている難民たちを、シリア国内に戻して就労させることの理由づけにもなるだろう。とはいえ、その際に当たってトルコからの支援は重要である。トルコが、ドイツ人の人権活動家を勾留し、ドイツ政府がトルコへの企業投資を差し止めることによって応答したことによって、ドイツとトルコの間で緊張が走るようなことがあった (Oltermann, 2017)。トルコは難民がヨーロッパに避難するために渡るための橋でもある。もし、欧州連合がトルコと敵対関係にあるならば、トルコは不法移民の取り締まりと国境警備に全く協力しなくなることだろう。ここで提示した見立ては、全く機能することすらしないこともありえる。よって、欧州連合はトルコに対して、欧州連合に条件付きで加盟することを許可し、欧州連合による政策方針と協力するよう説得する必要がある。そのようなシナリオであれば、移民問題による社会不安を緩和することができる。また、ポピュリストが民衆の心に付合するような他の訴求力の源を持ち合わせていないため、ナショナリスト政党の訴えの正当性を無効なものにすることも可能だろう。

 

 ポピュリズムは、人民の公益を最大化させることを怠る政治指導層への民衆の不満を反映する。今日のヨーロッパでは、その流れがヨーロッパ社会に大量に流れ込んでくる難民の問題と重なり、右翼政党は移民への恐怖を煽ることによって権力を掌握する好機として見た。これらに直面してもなお、欧州連合は加盟国間の結束力に欠けており、その中の何か国かは移民政策と取り決めの遵守を拒否した。したがって、ヨーロッパのポピュリズムが減退するかどうかは、シリア内戦の早期の解決の成功にかかっている。また、欧州連合はシリアが国際社会に復帰するまでにその管理を行い、その協力の枠組みにトルコが加わることで難民問題の解決の可能性を固められるように努めるべきだ。第二次世界大戦の敗戦後に、GHQによって一時的に占領されたものの、結果として主権国家として独立を回復し、経済的な復活へと向かっていた日本を歴史的な事例としてみれば、重なるものは多いことだろう。

 

Work Cited List: 

Ahlander, J. & Yousfzai, M. (2017, July 13). Sweden intensifies crackdown on illegal immigrants. Reuters. Retrieved from https://www.reuters.com/article/us-sweden-immigration-crackdown/

sweden-intensifies-crackdown-on-illegal-immigrants-idUSKBN19Y0G8

BBC. (2016, March 3). Why is EU struggling with migrants and asylum? Retrieved from http:// www.bbc.com/news/world-europe-24583286

BBC. (2017, October 31). Syria profile - Timeline. Retrieved from http://www.bbc.com/news/ world-middle-east-14703995

Crouch, D. (2015, June 19). Denmark swings to the right as centre-left coalition accepts defeat. The Guardian. Retrieved from https://www.theguardian.com/world/2015/jun/19/denmark-swings-right- centre-left-coalition-faces-defeat

The Economist. (2017, October 19th). Sebastian Kurz is flirting with the far-right Freedom Party. Retrieved from https://www.economist.com/news/europe/21730444-will-austrias-political- wunderkind-bring-xenophobes-government-sebastian-kurz-flirting?

zid=307&ah=5e80419d1bc9821ebe173f4f0f060a07

Gall, L. (2016, September 16). Hungary’s War on Refugees. Human Rights Watch. Retrieved from https://www.hrw.org/news/2016/09/16/hungarys-war-refugees

Groll, E. (2014, September 16). How a Former Neo-Nazi Party Became Sweden’s Third-Largest. Foreign Policy. Retrieved from http://foreignpolicy.com/2014/09/16/how-a-former-neo-nazi-party- became-swedens-third-largest/

Mudde, C. (2004). The Populist Zeitgeist. Government and Opposition, 39(4), 541-563. doi:

10.1111/j.1477-7053.2004.00135.x

Oltermann, P. (2017, July 20). Berlin to change policy towards Turkey as German citizen is held. The Guardian. Retrieved from https://www.theguardian.com/world/2017/jul/20/berlin-to-change- policy-towards-turkey-as-german-citizen-is-held

Stanley, B. (2008). The thin ideology of populism. Journal of political ideologies, 13(1), 95-110.

Wiggen, M. (2017, September 4). Scandinavia: the radical right meets the mainstream. The Conversation. Retrieved from https://theconversation.com/scandinavia-the-radical-right-meets-the- mainstream-78714

差別が原因で、誰もが泣くことになってほしくないからこそ、語りたかったこと

少し怖い言葉を綴ることによって、話を始めよう。

 

差別はだめ。それでも、人は差別する。差別される側は痛む。悲しむ。それがいつか、将来の禍根となって、どのような形であれ、悲劇をもたらすかもしれない。

 

差別してきた人間であっても、暴力による解決を許してはいけない。とはいっても、暴力を希求せざるを得なかった人たちの心情をわからないでもない。マジョリティーにはわかりようがない状況で苦しんできたことは、結局マジョリティーが浄化してしまう。

 

また「対話が解決する」という言葉が暴力を持つことを、差別をされたことがない立場では理解ができないだろう。マイノリティーは自らを語ることを徹底的に禁じられてきたことを知らないからだ。内面の葛藤として、憎い敵に対する暴力の誘惑と戦ったことのない人間ならではの言葉ですらあるかもしれない。

 

そして、「異文化共生(笑)」とくさして、ネットや駅前で反移民だの言っている人たち。その誹謗中傷の対象となる子供たちは死ぬまで覚えているぞ。かつての嫌韓ブームに乗っかったメディアと大人たちにたいして、僕は今でも恨みを抱いています。それで集団的にひどいいじめを受けてひどい仕打ちを食らったのだから、当然だもの。

 

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だけど、僕だってこんな怖い言葉を語りたくはない。理想だけ言うならば、マイノリティーが自分の義務を果たし、権利を行使できることが認められているだけでなく、それがこの社会を生きる人たちの間で広く認知されていてほしい。このことだけなのよ。

 

このことすら認知されないどころか、それが事実であることを拒絶する人たちによって、マイノリティーは社会構造からも、共同体の成員としての実存の輪からも排除される。一方の「なんとなく」が、他方の生にいつでも暴力を振る構造なんておかしくないか。どの立場とか関係なく、そういったことを少しでも考えてほしい。

 

移民である僕も、この社会で日本人として生まれ育ってきたあなたも、同じ「私たち」として、尊厳を持った個人として生きていたいはずなのだから。そして、誰しもが過去の怨念の連鎖で、涙を流すことなんてしたくないのだから。

研究との距離の取り方がわからない

贅沢な悩みなのだろうか。博士にはもう行かないと両親には伝えてからだいぶ経った今も、二人から「気が向いたら行っていいんだよ」という言葉をかけられる。何度もさりげなく言われるのも、どこかしつこく感じてしまうのが、正直なところだ。というのも、才能がないところに、才能があると言われ続けるのも、地味にしんどいのだから。
...

こんなことを書いてもしょうがないのだが、何度もこういう場面に出くわすと、いやでも考えてしまう。そして今日もさりげなく言われた。「社会貢献する上で、博士取っておいた方が何かしらの信用にもなると思うな」、「どうせ勉強するならば、...」など。何が正解なのか全くわからない。30歳を迎えた後の人生プランに大きく関わることだ。学問との向き合い方とスタンスが定めづらい。

過度に、僕自身がその研究能力を矮小化させてしまっているだけなのだろうか。あるいは、そもそもの適性に見合った判断に対して実感を持てていないだけなのだろうか。そんなモヤモヤを抱えながら、いつの間にか聖夜を迎えました。メリークリスマス。

改めて進路について

結論から申し上げますと、アカデミアでのキャリアを断念することにしました。論文執筆等、研究業から足を洗おうと思います。

 

いろいろ理由はありますが、アカデミアで正当に評価されるような論文を書くことが苦になったこと、そして研究職に僕の適性がないと判断したからです。 博士号への進学の予定については、白紙に戻したいと思います。

 

研究者としての僕に期待してくださった方々の期待を裏切る形となってしまいました。これまでの間、僕の研究活動を見守ってくださっていた方に謝意を申し上げます。 今後とも、今まで「研究」という名前を冠してやっていたことは、余暇の思索、読書として継続したいと思います。

 

野良犬のような自分

 まるで僕という人間が、野良犬のように思うときがある。幼少期から受けてきた嫌がらせ、いじめや差別の経験がきっかけで、他人に対する警戒心が自ずと強まるばかりだった。また、サバイバル本能ともいえるような心理状態に長らく陥っていたのもあり、いつの間にか神経は底をつくほどにすり減っていた。

 

 僕がこの社会で生き残るためには、日本人以上に日本人としての要素を得ていかないといけないという意識が強かった。否、強すぎた。それと象徴的に比例するかのように、高校、大学と傍から見れば高学歴な集団に入ることはできた。しかし、僕のような部外者は、その位置に立って、やっと日本の社会の「ふつうの人」として見てもらえると考えてきた。そうでもしないと、周りと同じスタート地点にすら立てないと思い込んできた。 すなわち、僕にとって日本人らしさを会得することはこの社会を生きるためのジェントリフィケーションの仕方であった。

 

 しかし、この過程を踏まなければ、この社会の普通の人々の輪の中に入ることは極めて難しかった。この仮装した自分と、すっぴんの自分との間のきしみ合いの中を生きること。それが、僕がこの社会のよそ者として生きる基本となるルールだった。 そうしている間に、完璧主義すぎる自分も出来上がってしまったのかもしれない。物心がつく前からすでに、「ふつうの人」の輪から弾かれている。そこからくる様々な強迫観念に、僕は突き動かされてきた。だが、それに身を委ねすぎた挙句、身も心も壊してしまった。 また、同時に人の心の温かさに素直になれていない自分もまた出来上がってしまった。そのような温情を受け取る自分が卑怯だと思っていたし、その思いやりに応じた「より良い自分」になっていなければ見捨てられるだろう、といつも悲観的になっていた。

 

 やたらと生存戦略を自分なりに細かく練っていたが、そんな僕は傷まみれの捨て犬のようなであった。ことに対して無自覚だった。そこから、自分のことは自分で背負って全うさせるという考えを当たり前のように抱いてきたが、それが逆火して今までの衝動的・破滅的な言動につながってしまった。そんな不健康な考え方を少しでも克服しながら、人の温情を素直に受け取るようにしたい。

メモ:作品としての自己と外国人

私たちは、しばしば私たち自身と外的世界との間の内的距離が象る自己を虚ろだと考える。むしろ、私という人間が、全体と同一化した個を物語る「私」との間に作品としてできる場合において「本当の自分」があると考える。

また、そのような本当の自分が確かなものだとするために、より大きなもの(群れ、コミュニティー, etc.)とのつながりを要求する。しかし、たとえどれほど多くの労力を割いても、最後に出来るものは本当らしい自分、確からしい私である。その基底が内在的なものであるがゆえに、「私」は常に変容する。

自分という人間と、それを囲う世界との間に内在する距離がある。個としての人間は、この隔絶から生まれる。全体として広がるその外部と人間が同化するとしても、それは想像力の作用によるものであり、それによって私たちは国民、人種や民族といった虚構の製作者となる。

異邦人という存在もまた、そのような私たちの作品の一つだ。しかし、当の作者である私たちは、異邦人 l'étrangerという語に含む、疎外された étrangéという言葉の含みに対して驚くほどに無頓着である。自国民と切り離された上で対をなす存在を「外国人」と名付けるものの、作者の私たちは、私たち自身もまたこの作品そのものであることに気が付いていない。

「国籍なんて関係ない」:多様性のディストピア

「国籍なんて関係ない」。そんな美辞麗句に安易に乗っかっても、それで救われる世界ではない。大層偉そうなことを言う無礼を、予めご容赦願いたい。

日本人なら日本人として、移民なら移民として、ミックスルーツならミックスルーツとして。どのような立場でも、クリーンな建前で飾る自分の姿と、泥沼な本音で汚れた自分の姿の矛盾と真正面にぶつかれないならば、それ以上に臆病なことはない。

意図されているにせよ、そうでないにせよ、人は誰しもその出自と国籍・民族で相手を判断する。敢えて、僕が韓国系の移民として自分自身を強調するのは、どの道であれ僕もまたその存在価値を他人によって機械的に査定される対象だからだ。

仮に、僕が日本に帰化しても、いずれ必ず「こいつは朝鮮人だ」と日本人に暴かれる。通名を使ったとみなされれば、(かつての言葉を使うと)あたかも「不逞鮮人」として殊更はねのけられる存在となる。日本人というマジョリティーに同化したところで、僕はよそ者なのだ。幼少期から育ったとしても、僕はただの来賓客でいるべきだったのだ。

「国籍なんて関係ない」。僕も例外なく信じていた。しかし、この言葉で救われる人より、そのせいで路頭に迷う羊ばかりが増えてしまったように思える。そんなディストピアからは、さっさと引っ越すしかない。