研究という「音」

「キムさん何をやられてるかわからないのですが…」と申し訳なさそうに述べてくれる方も時たまいるが、むしろその認識で間違ってない。だけど当惑してしまうのも、一理ある。 というのも、他者を括り付けて対話できることもあれば、それが全くできないことも…

研究構想

研究の方向性。科学技術が個人の身体を統治するための国家の道具になっているという観点から、社会的構築としての「患者の身体」についてあれやこれや書いたり読んでます。 説明が難しいけど、基本的にフーコーの権力論と、カントロヴィッチはじめとした政治…

社会学・人類学に未だに潜むオリエンタリズム

今日は、「君主制の議論でジェンダー理論を導入する必要がある」と明記した文献を読んだ。率直な反応として思ったのは、そのような「主語の大きい」提案よりも、「なぜ今まで queenship の話が系統化されなかったのか」という無知論的な問い建てのほうがまだ…

研究を始めてから気づいたこと

研究は難しい。そんなことを、今更のように痛感している。ここで言う「研究」とは、問いの設定とその対象の考察、そしてその解になる考えのあり方を模索する行為、及び姿勢としよう。 早速、本題に入ると、「なぜ?」の焦点の定め方と、そのレンズ調整の仕方…

神話と象徴が作る世界を生きる私たち

一つの思弁的な構築だったものが、科学技術の進歩とともに急速に拡散される。そして、その思考様式は集合的に模倣されることで、大きな共同体を構築する。 ナショナリズム研究において、そのようなとある媒体を通した共同体の構築とその沿革を探求することは…

古典はひらめきのもと

「主権者、君主、そして人民の継続的な釣り合いは、決して恣意的な考えによるものではない。むしろ、政治的身体(政体)の性質を考えれば、必然的な帰結なのである。」(私訳)ハイライトした部分の最初の一文、まさに自分が取り組んでいる問題意識を端的に…

君主の身体、国民の身体

「君主の身体を<一>としたとき、民主主義を”君主”の身体の<多>な姿≒「国民の身体」として考えられるならば、君主制は単なる<象徴的>なものと言えるのか。」 もし、この問いが示唆するものを、「仮想現実的な君主制」(cf. Santner, 2011)としての民主主…

ホームレス・マインド

「地元がない」。この言葉を僕が言うとき、大概3つほど意味が込められている。 一つには、本来「地元」になるはずだった場所から離れた場所で人生の大半を過ごしたこと。いわば、「ホーム」の概念を(リクール的な意味で)自分自身を疎隔しながら理解するし…

気に食わない相手を「先生にチクる」のはなぜか

異なる主張同士の解決を言論で解決するのは自明的だと思うが、最近は、相手の所属先に抗議するような形で間接的な「暴力」を行使するようになった。つまり、表現の自由戦士を揶揄する以前に、自身が「権力」に癒着する形で言論への反自由を経由した特権を享…

人それぞれの生きづらさ、僕の色

https://www.instagram.com/p/Cn65qDSJ2OJ/?igshid=YmMyMTA2M2Y= 影山さんと同列に並ぶとか不遜なことは言えないが、投稿にある最初の「複数の視点を持ちすぎて混沌としてしまう部分や頭が回転しすぎる部分」はものすごい共感できる(記憶だと、僕自身は130…

Poking fun at Political Theology

1. The King's Two Bodies by Ernst H. Kantorowicz Mysticism, when transposed from the warm twilight of myth and fiction to the cold searchlight of fact and reason, has usually little left to recommend itself. Its language, unless resounding…

研究状況まとめ(22年10月〜23年1月)

10月初頭は、オープンダイアローグにおけるバフチン・ベイトソン研究の可能性について構想を試みた。文献調査を通して、ベイトソン、バフチンそれぞれの著作(両者とも英文にて)を読み、具体的な展望を見出そうとした。 しかし、結果としては、「ベイトソン…

愛国の主体

「祖国のために」。それは愛国の心の根底にある理念である。ふと立ち止まって考えてみると、我々が愛国的だとする言動・態度は、無意識的なものである。一般的に、私たちは「祖国を思う」という感情に突き動かされているものだということを、そこまで意識し…

社会学らしくない人類学、人類学らしくない社会学

外野の僕がとやかくいってもしょうがないが、文化(社会)人類学とはいえど、マクロな自己を見るための「社会学」、マクロな他者を見るための「人類学」の2つで分業していて、根源的に両者は切り離れていると思う。 まず、人類学は「我々」を知るために「我…

夢現?

そういえば昨晩、とても奇妙な夢を見た。 街の中を歩いていた僕は、数年前まで親しかった女友だちと偶然出くわす。最後会ってから、あまりにもながい月日が経っていた。 しかし、目の前にいるのはかつて親しく談笑していた彼女に違いない。どうやら向こうも…

成人になること

子供の残酷さと比べたら、大人の残酷さなんてみみっちいもので、しょぼすぎる。子供はその点、大胆で堂々としている。そもそも、人間に「幼い」も「大人らしい」もあったものじゃないけど。 逆に大人はずる賢くなる。というよりかは、子供の時より肝っ玉が小…

大学院生活、早すぎるが振り返る

いろいろ一喜一憂するような三か月でした。それより、思ってたより心的エネルギーの消耗が激しかった三か月だったと思います。10月に入学して以来、今日に至るまで忙しなく日々が過ぎていく生活を送っています。入学してまず最初にチャレンジしたのは、東大…

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。 今年の抱負は、フーコー研究(後期の著作・講義録)を極めることです。「監獄の誕生」、「性の歴史」、カントーロヴィチ「王の2つの身体」を基礎のテキストにして文献読解進めていく。この三冊を(参照されている文献…

2022→2023

2022年。いい感じで締めくくれるかと思いきや、クライマックスのところでいきなり最悪な出来事が転がり込んできて、何とも言えない感じです。大学院に入って研究に精を出す環境ができたのはいいものの、やはり家庭環境はあまり安定しないです。とはいえ、相…

Remnants of imperialism: Why should we bother with history?

Even today, historical awareness is never a foreign concept. The exclusionist dynamic works in favour of one who's home to the referent polity, but against those others who remain foreign within the same social space. In other words, Japan…

なんだかんだで腐れ縁

最近、昔見切りをつけた学問に結局救われていることを感じるようになった。 かつて、政治学・国際関係論を自分の「専攻」としていた。そこから離れた当初は「もういいかな」という気持ちだった。けど、今日立ち寄った古本屋さんでふと立ち読みした政治学の本…

改めて自己紹介

こんにちは。改めて、金 宇中(キム ウジュン)と申します。最近は研究漬けでありますが、一体どういった研究なのかつかみにくい、という方もいるかと思います。 以下、自己紹介も兼ねて、現時点で取り組んでる研究課題について簡易的に述べました。 自己紹…

「イマジネール」としての理性

単なる虚構を生み出す力でも、想像力でもない。むしろ、人間社会、および人間の思弁的諸相を紡ぎ続ける潜在的な生産力がイマジネールになるか。書影にある本の内容の主題である「イマジネール」を端的に述べるなら、そのように解釈ができるだろう。 ここで話…

齢26

今日、8月25日をもって、僕は26歳になりました。 もうアラサーかと思うと、なんとも言えません。老害みたいなことを書きつづけて来たからか、もっと歳をとった感じもします。 あいも変わらず、学生、そして研究生活は続いていくことかと思います。一生涯、ず…

トラバドール的な思惟

(写真はフェデリコ・エンリケスの著作。エンリケスは、ピアジェの『発生的認識論序説』の第一巻の冒頭でも言及されている20世紀初頭のイタリアの数学者です。) 夜中散歩しながら色々変なこと考えてしまいますね。まあ、そんな自分だから座りが良いのかも…

言葉から逃げる

もし、文法が「法」(law, loi) ならば、その「法」から逸脱した言葉には自由 (liberty, liberté) を謳歌するような、どこか悠々としたものを感じる人が多いと思う。つまり、言葉は逃走する (escape, échapper) ものだといえる。また、それは主体的な存在者で…

「知る」寂しさ

やっぱ、どんだけ他者と親しくても(としても)、物事の考え方とか、その認知の解析度の高低で、すれ違いがおきてしまう。標準となる対象を同じく定められているかの問題じゃない。感情の「共感」でも「共有」でもなく、互いの理性が「共在」しているか。知…

<民主主義>:「ふつうの人」の、「ふつうの人」による、「ふつうの人」のための世界

なにが「ふつう」で、なにが「特別」なのかを峻別する(差異を見出す)見方は、至って「ふつう」である。normal / abnormal, good / bad のいずれかを「決めなければならない」という必然性を感じるのも、また「ふつう」な感覚。何が言いたいかというと、こ…

いよいよ明日

性愛より友愛、その友愛のための隣人愛を育てる。 僕の研究のモットーであり、目指す先の到着地でもあります。 最近は、心の健康という観点から医学・病理学、そして生物学も勉強しています。精神疾患を人間学的に論考する上での基礎になるからです。 最終的…

研究計画(中間発表的なやつですね)

精神疾患の哲学を基軸に研究したい、とは言うものの、具体的に何を対象とするか、思想のベースとなるコンセプトは何になるのかがあやふやなままでした。 ですが、最近その具体性がはっきりしてきたので、中間発表(?)させてください。 まとめると、修士で…